絶景舞踏

旅記事269 ネパールを終えて


日程:2016年11月15日~2016年11月28日(滞在日数14日)

スリランカからの移動時間:クアラルンプールで6時間の待ち時間含め約15時間

訪問した都市(宿泊施設):カトマンズ(シュリーチベットファミリーゲストハウス)、エベレストトレッキングゴーキョピークルート(See You Lodge & Restaurant、Himalayan Cyber Cafe、Dole Resort、)、ナガルコット(ホテルビューポイントリゾート)、バクタプル、ダクシンカリ、パタン、パシュパティナート、ボダナート、スワヤンブナート

万琵が踊った場所:ナムチェドーレ

ナムチェ舞踏2

<ネパールの感想>

ネパールのガイドブックを見たとき、山の写真に興奮した。費用との兼ね合いに悩んだが、やっぱり行くしかないでしょと思った。

私たちが選んだルートはエベレストトレッキングの中のゴーキョピークを目指すもので10日間の行程だった。

山登りはもともと好きで日本でも年に何度かは訪れていたが一週間以上のトレッキングルートは初めてだった。

日本の富士山に続き、マレーシアのキナバル山で4,000M越えた山は経験していたが、ゴーキョピークはそれを1,000M以上も越えてピークの高さ5,360Mだ。高いところからの景色が大好きだった。

エージェントのスレンダさんに、行く前にもしもの時のための海外保険の確認をされた時は、まさか自分たちが保険にお世話になるなんて微塵も思っていなかった。

ゴーキョピークに立つ想像だけを膨らませて、わくわくが止まらなかった。

結局、私たちはマッチェルモ(4,410M)でムラケンの高山病により断念する形となった。

普段命のことをそんなに考えることはない。海外に出て日本より治安が悪い場所が多いことから、なにかあったら、と用心することは多くなったが、命というものに対して考えられることは頭で想像したことであった。

だがムラケンの死人のような顔を見たときは命というものが私の目の前に迫ってきた。いや、厳密にいうと音をたてて迫ってきたのはムラケンが病院のベットで落ち着いて寝息をたてたときだった。山小屋では逆に状況に現実味がなく、兎に角動くしかなかったから。

高山病になった当のムラケンとしては、私よりもっと感じたのではないだろうか。

この山の素晴らしい景色によって一体どのくらいの命が落ちたのだろうと思うと、背筋がぞっとした。

途中の断念になったが、私もムラケンも満足だ。

次のリベンジが、山との縁が続いている気がする。

さらに命について考える事柄はいくつかネパールではある。

生け贄を捧げるダクシンカリの寺院に行って見た光景と、人々の火葬を見させてもらったパシュパテイナート寺院での光景が目に焼き付いている。

生け贄の首を切った瞬間の命のとぎれる瞬間、真っ赤な血が滴りおちた。火葬する前の儀式において真っ赤な粉があたり一面に蒔かれていた。

赤という色は強烈で、命の色でもあるのだと思った。

燃えるような生命のエネルギーを感じつつ、命がとぎれる瞬間には真っ赤な色彩が目の前を覆う。その鮮やかな赤色が抜かれた時、人の顔色も周りを覆う空気も灰色に変わってしまう。最後には白い煙となって消えていってしまうか、土に戻って大地に帰るか。

どっちにしろ跡形もない。

だが、人々の祈りや念や思考はしばらく空中を漂っている。

この世界は見えないものでどれだけ構成されているのだろうか。

いや実は全く存在なんてしていないのかもしれない。

ただ思う。私はまだ死にたくない。ムラケンにも死んでほしくない。

私はまだまだやるべきことや、やりたいことに溢れている。

エベレストアップ

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