ペトラ遺跡の2日券を購入した我々は、2日目のこの日ももちろんペトラ遺跡を探検します。
1日目はいわゆる王道ルートの【シーク~エル・ハズネ~柱廊通り~エド・ディル】ど真ん中突っ切りルートでしたが、この日はうろうろといろんな場所に行こうと思います。我々のチェックポイントとしてひとまず目指すところは、
- 犠牲祭壇
- ルネッサンスの墓
- ビザンチン教会
- 王家の墓
- エル・ハズネを上から見たろ
といったところ。ルートをシンプルに言うと
【シークまでは昨日と一緒~左をぐるっと周って柱廊通りに戻ってきて~右をぐるっと周る】
といった感じになります。この日も快晴でしたが朝早く、まだ寒さがまとわりつく時間でした。宿の近くにあったサンドイッチ屋でお昼用に2つほど購入してペトラ遺跡へと向かいます。
シークを通過して2日続けてエル・ハズネ。時間帯によって日の当たり方が違うので、見るたびにおぉ~と言ってしまいます。観光客と商売人がいなければもっと長い時間ここで眺めていたいんですけどね。
ここから右に進んで行き、左手のお墓群ファサード通りを眺めながら進んで行きます。するとお土産屋やらカフェやらが見えてくるので、そのあたりにある階段を登って本日のトレッキングルートがスタートします。
ちなみにファサードというのは「装飾された外観」のことです。
階段の途中で右手に見える遺跡群です。全部お墓でしょう。
ある程度まではロバ牽きやガイドなんかがワラワラいましたが、割とすぐに閑散としたトレッキングになりました。静かでいいんですが、崖から落ちたら数日発見されないとかいう地味に危険な道もあるのでご注意を。
途中にベドウィンの手づくり土産が置いてあるくらいこの辺は比較的メジャーなルートです。このお土産は要らないけど。
こんな崖を伝っていきます。
ちなみにペトラには綺麗な花を咲かせるキョウチクトウという植物が沢山自生していますが、キョウチクトウは全体及び周辺土壌、燃やした際の煙に即効の毒性があるので触ったり食べたりしないように気をつけましょう。この写真の植物ではありませんが。
犠牲祭壇が近づいてきました。
ちなみにこの背後には2本のオベリスクが見えます。オベリスクは豊穣・生命・繁殖のシンボルとして、岩山を削って削って塔の形に造ったそうです。なんの形に習ったかは、みなさんお察しの通りです。
さっき通ったファサード通りが眼下に見えます。結構高くまで来ましたね。
犠牲祭壇は、その名の通り生贄を捧げた祭壇で、頂上の大きな砂岩を平たく削って作られています。生贄を置いたとされる台には溝が彫られていて、血がその溝を伝っていくような構造になっています。
誰か知らないけどタバコの吸い殻が真ん中に。そういうのやめてくれ。
溝を横から見るとこんな感じ。
ちなみにこの犠牲祭壇は平らで安定しているので、ベドウィンのおっさんがお土産のアクセサリーを置いて売ってます。
ベドウィンのおばちゃん。おばちゃんたちはいつもビビッドな色合いの服を着ています。犠牲祭壇のおばちゃんからオベリスクのおばちゃんへの通信手段は大声でした。
さて、次に向かいます。今度は崖を降りていく形になります。向かうところが上から見えています。ルネッサンスの墓は崖の陰に入っていて見えませんが、他にもたくさんの遺跡があります。
写真右の白い岩石群がなにかの化石に見えてきて、すごくファンタジックな気持ちになります。さ、降りていきましょう。
降りながら「ライオンのモニュメント」に遭遇します。ライオンの頭は風化してどっか行ってしまってますが、上の溝から察するに水路を伝ってライオンの口から水が流れ出ていたということでしょう。ナバタイ人の灌漑技術は相当高かったんですね。
下まで降りると向こうに「庭の墓」というのが見えます。
内側から、来た道を振り返ってみました。柱が綺麗に残っています。
庭の墓の少し先に「カラード・トリクリニウム」というのがあります。
カラード・トリクリニウムはいわば斎場で、ペトラ遺跡で唯一内部に手の込んだ装飾がされていたものだそうです。今は装飾が落ちて岩壁が見えています。トリクリニウムは多目的ホール的な認識の空間だそうです。
カラード・トリクリニウム内部。岩肌だって十分美しい。
その向かいには「ローマ兵士の墓」があります。
ローマ兵士の墓入口の上方にはローマの高位の兵士像が彫られています。墓自体は1世紀のナバタイ製ですが、ローマ支配によりこのように改装されたと考えられています。
兵どもが夢のあと。ローマ高位兵も風化してしまっています。
ちなみに内部はベドウィンがたき火をしてまっ黒焦げになっちゃってます。もう踏んだり蹴ったりやんけ。
ルネッサンスの墓はカラード・トリクリニウム、ローマ兵士の墓のそばにあります。端的に説明すると白くて綺麗な墓、です。
うーん、白い。
ここからは柱廊通りに戻るための道です。
右手にはナバタイ人の墓が連なっています。墓上部の階段状の模様はナバタイ独特のものです。
ここから道があるんだか枯れ川なのか判らなくなって迷ったり、誰かの足跡を追いかけたり、山羊に案内してもらって柱廊通りに向かいます。
山羊についていけばいっか。
ある程度道に目処がついたところでお昼にしました。
1ディナールで2個ついてくる、美味くてお得なサンドイッチ。よく考えたらひとつのパンを半分に切って1個にするから、そりゃ2個になるか。店の人もいい人でした。
ラクダの骨が落ちてました。
さて柱廊通りを跨いで今度はビザンチン教会に向かいます。ビザンチン教会へはすぐに辿り着けます。
人通りの多い柱廊通りはロバやラクダも沢山いて、フンが沢山落ちてます。万琵の後ろを歩いている時に万琵がロバのフンを踏んづけるのを目撃しました。「あ~今ウンコ踏んだよ!もう足元注意して歩かないから~」と諫めながら一応自分の靴底もチェックすると、僕も踏んでました。
さてビザンチン教会。紀元6世紀のビザンチン時代にナバタイの建物をキリスト教会に造り替えたもので、美しいモザイク画が見られます。
人間・動物・道具・・・様々なモチーフが描かれています。なんというかヘタウマですね。
おっ、バンビ発見(雄)。
ビザンチン教会の北側には「青い教会」が見えます。柱がエジプトから持ち込まれた花崗岩で青く見えるのが特徴。
うっすら青い円柱。
ビザンチン教会からは王家の墓も見えます。
色んなデザインで全てが墓とは限らないそうです。それぞれに名前が付けられていますが、取り敢えずファサード(外壁)が豪華で規模が大きく、ペトラの重要な建築群である、そんな位置づけです。
取り敢えず王家の墓をじっくり見る前に、左側の迂回路を通って崖の上に登っていきます。その先には、エル・ハズネを上から見ることができるポイントがあるはず!
こんな通路からスタート。
しばらく登ると柱廊通りが上から見えました。右手の屋根があるのがビザンチン教会。前日には柱廊通りを抜けて奥の岩の間を更に抜けてエド・ディルまで行ったなぁなどとしみじみ。
さらに登って約1時間、もうこれ以上進めなさそうだな、てところにカフェ兼土産物屋があります。その中に入ってお茶飲んでる人や土産物を脇目に進むと、ここ!
着いた!エル・ハズネを上から見られるポイントです。柵とか一切ないので落下にはご注意を。
こうやって、下から見えにくい装飾なんかも上からだとよく見えます。真ん中の像はイシス神でエジプトの神様ですがナバタイの女神ウッザーと同一視されています。両サイドはアマゾネス。
ちなみにお茶飲まなくてもお土産買わなくても、見るだけでもオッケーでした。
だってこんなの要る?後ろには小型のもあります。でもずっと見てたら欲しくなるかもしれない・・
この少し手前に平たい場所があったので万琵がひとつ舞踏を踊りました。動画の記事は次です。
僕も倒立。柵がなくて強風が吹いているとはいえ、転がったって大丈夫なほど崖から距離取ってるのにビビって肩を極められませんでした。
だいぶ日が傾いてきました。ペトラは18時閉園なのでちょっと急がないと。
西日の当たるテント。こういう所でベドウィンのお茶シャイを飲むのもオツかもしれませんが、時間とお金がないので素通り。
西日に照らされる王家の墓。墓じゃないかもしれないけど、黄昏の瞬間に輝いてやはり死というものを意識してしまいます。美しく荘厳な景色でした。
ファサード通りまで戻るとベドウィンが一生懸命商売していました。値段交渉で折り合いがつかず離れてしまった旅行客を追いかけ「5ディナールまで下げるから買って!」って感じのやりとりをしていました。現金を得るのってホント大変ですね。入るだけで55ディナールかかったけど、そのお金の一部でもベドウィンたちに入ってるんでしょうか。
外に出る頃にはすっかり日が落ちてしまいました。
なんだかお墓にいっぱい入ったからか、それぞれの灯りに命を感じます。
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この時滞在していた宿はコチラ⇒ペトラゲートホテル
ペトラ遺跡のあるヨルダンへの航空券検索はスカイスキャナーで。